寛容な親に育てられた子供はガマン強くなる話

こんにちは。
浦和親子アート教室「未来あそびラボ」の
かくこうみずほです。

お子さんのこんな行動をどう感じますか?

《ティッシュペーパーを繰り返し引っ張り出して遊んでいる赤ちゃん》

がいます。
あなたはどう思いますか?

Aさん
Aさん

ダメ!また引っ張り出して!
片付けも大変だからやめて!ママを困らせないで!

Bさん
Bさん

引っ張ったら出てくるのが面白いのかな?

最近ハイハイが出来るようになったと思ったら、ティッシュ箱のところまでハイハイで動けるようになったんだね。

子供の行動は同じです。

違うのは、大人の感じ方(考え方)です。

育ての親は子供にとって、1番身近で最も重要な人的環境であることが殆どです。

身近な大人が子供の行動に寛容だと、
どうして子供は
「我慢強く」
「忍耐強く」
育つのかについて、お話していきます。

現実と向き合う機会を小さな頃から多く経験できる

先程のティッシュペーパーを例にお話していきますね。

すぐに
「ダメ!やめて!」
と言ってしまうAさんのお子さんは、
箱ティッシュを取り上げられて、今強く興味があったものから離されてしまうかもしれません。

でも
「引っ張ったら出てくるのが面白いのかな?」
と考えるBさんのお子さんは、
箱ティッシュという現実と満足するまで向き合うことができるでしょう。

もしかしたら箱ティッシュの中身が尽きて、
まだやりたいのにない!
どうして出てこないの?
なくなったら、もう出来ない!?
という経験をすることが出来るかもしれません。

Bさんのような寛容な親は
「現実そのものと直接、子供が向き合う機会」を自然に、与えていくことになります。

子供が現実と向き合うと忍耐強くなる?について

次は、こんな場面にAさんBさんが遭遇した場面で、お話していきます。

《1歳5ヶ月のお子さんが、お店の階段を自分で登りたがった。
まだヨチヨチ歩きのころで、自分で登ったら5分はかかりそう。》

Aさん
Aさん

まだ一人で昇れなさそうだし、
ハイハイで登ると洋服も汚れちゃいそうだから抱っこしちゃおう。

Bさん
Bさん

自分で登りたいんだね。
周りに人もいないから、出来るところまでやらせてみよう。
転んでも支えられる様にすぐ後ろで見守ろう。

Aさんのお子さんは現実(階段)と向き合う機会を与えられませんでした。

Bさんのお子さんは現実(階段)と向き合って、
昇れるかもしれないし、
昇れないかもしれません。
途中で足を踏み外して、転げ落ちそうになるかもしれません。

どんな経験も、
もちろん失敗も!
すべてが貴重な生きた学びです。

そして、何度もチャレンジをする機会を小さな頃から経験すると、物事を成し遂げるには我慢強く何度も何度もチャレンジを重ねる必要がある。

ということを、幼いながらに悟っていくことができます。

失敗も成功も、全てが尊い経験となり、
子供の心を作っていきます。

現実と向き合い続ける中で、
子供は、忍耐と我慢強さが
「新しいことに挑戦したり・何かが出来るようになるためには必要だ!」ということを自然と自ら学んでいきます。

反対に、大人がすぐに手や口を出してしまうと
子供は
「失敗・試行錯誤」をした経験が少なく、
「叱られるからしない」
「ママがやってくれるからいいや」
という浅い理解に止まってしまうかもしれません。

そして、これは現実から直接学び取るチャンスを親が奪ってしまっていることに繋がります。

叱られてばかりの子供は
「叱られそう」とすぐに気がついて、
ピタッと止める反射は身につきますが、

現実を理解して
「何故やってはいけないのか?」
を学ぶ機会が、少なくなってしまいます。

寛大な心は甘やかしとは違います

両親が寛大であればあるほど、
子供たちは忍耐力と我慢強さを手に入れることに繋がります。

ただし
「寛大」と「甘やかし」は全く違います!

寛大さとは
「失敗しても、そのありのままを認める心」です。

甘やかしとは
「子供のわがままを何でも叶えてあげる」ことです。

私たち親が求められているのは「寛大さ」です。

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ぐちゃぐちゃ遊び®認定 浦和親子教室「未来あそびラボ」

日本乳幼児遊び教育協会
ぐちゃぐちゃ遊び®認定教室
「未来あそびラボ」は、埼玉県さいたま市浦和区(JR浦和駅)で活動中です。

ぐちゃぐちゃ遊び®は、
横浜市で入室1年待ちの日本乳幼児遊び教育協会・会田夏帆さん考案の
「アート×あそび×乳幼児教育」を通して「自分らしく生きる力」を育てる親子教室です。

子どもをありのまま認め主体性を育む、
そんな環境を私は作っていきたいと思っています。

ありのままを認めてもらえると、
子ども達は自分らしく生きることが出来ます。

そして、自分らしく生きる事こそが
「幸せに生きる」という事だと私は信じています。

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